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前回の(137)を読み返してみると、何故中国人は「快楽民族」と言い切れるのか、何故日本人は緊張民族と論断するのか、古詩「鼓腹撃壌」の背景、王昭君の降嫁させられた匈奴(後代のモンゴル)の侵略性について、あまり分からんと思われる方々も多いのではと思われるので、もう...

 私の中国での長期滞在は、2009年8月末71歳にして終了し、その後は短期旅行のみとなったので、時間系列的紹介は一段落としたい。とどのつまり中国(人)とは何ぞや、と言うことに収斂・総括してみたい。学生時代、東京のアメリカ人の家に一年弱居候していた時を含め、主として...

大連と言えばアカシアが有名で街路樹にも沢山あるが、軽軌鉄道の開発区駅の裏山とも言うべき砲台山公園では大木が多く開花時期には沢山の行楽客を集める。又土地の人々はこの花びらを採集して食用にしている。大連は特に親日的であり(203高地には乃木希典の指示で作った薬きょ...

上海は進出工場の立ち上げ協力であったので、2005年前半の半年のみの滞在であった。当然帰国する積りでいたが、一年前まで勤務した寧夏の工場で管理担当の日本人が予定より早く帰国してしまったので、次期派遣者との引継ぎもなく困っているので、現地での仕事要領について伝授...

前回、日本の国としての中国への援助プロジェクトの現地拠点での勤務時の体験や見聞を紹介 しましたが、読み直してみると簡略過ぎたと思われるので、若干補足しましょう。 戦前の日本の侵略による被害に対する賠償を、1972年の国交正常化時の交渉で、中国は辞退したので...

中国人の典型的な夫婦ケンカについて、何人かの中国の友人に聞いたのを紹介しましょう。 日本では「夫婦ケンカはイヌも食わない」と言われる様に、誰も興味を示さないし、示してはいけないつまらない事柄であり、なまじどちらかの肩を持つようなことを言うと後で恨まれるのが...

 1996年初林業関係専門家(前林業関係公務員)3名と共に、私は北京経由で湖北省武漢市に赴いた。国の発展途上国援助(ODA)機関であるJICAにより、派遣されその後3年間、湖北省林木育種センターを武漢に設立し、そこを拠点として活動することとなった。JICAの活動...

 前回華国鋒に向かって言ったという、「君がやれば安心だ」との毛沢東の遺言は上海虹橋空港の搭乗口前の待合室の壁面に、大きな画像として描かれているのを,1980年上海駐在時代に見て違和感を覚えた事があるが、その華国鋒と云う人は温厚で、何事も無難に対処しようとしている...

 日中国交正常化への流れ:ソ連から核攻撃を受けるかも知れないと恐れた毛沢東等中国の首脳部は、自国の安全保障をより強化する為にも日米との関係改善を急いだ。我々の仕事相手は実質的に国家公務員の中堅幹部が殆どであったが、彼らの言動は政府首脳の意向を反映していた。商...

 天安門事件に関しては、2013年1月の第39回、及び40回にも報告しており若干重複するが興味のある方はご参照下さい。尚、忘れがたい一コマがあるので紹介しましょう。6月3日夜の西方から進軍して来た解放軍の長蛇の隊列も、私が滞在していた民族飯店から東方3km先にある天安...

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