今回も寄り道です。誰でも青年時代に自分の人生に多大な影響を与えた人が居ると思われるが、参考になりそうなのを若干紹介しましょう。
1、 私の高校時代は昭和29年(1954)4月から32年(1957)3月ですが、昭和30年だったと記憶するが、吉田内閣で文部大臣だった人で文化功労者でもあった天野貞祐先生の講話を、高校の講堂で拝聴した。特に印象に残ったのは「戦後デモクラシーだ、民主主義だと叫ばれているが、どうも民主主義をはき違えている連中が多過ぎると思う。自由な言動には責任が伴うもので、よく分かりもしない事柄に付和雷同的に同調したり、叫んだりしてはならない。特にどんな分野にもその道に精通した人が居るものである。そのような専門家の意見を尊重すると共に、君達も夫々が何らかの分野で専門家になることを期待する」と云うものだった。
2、 翌年の昭和31年には、東大総長や日本学術会議の会長も務められ、文化勲章も授与された茅誠司先生の話をやはり講堂で拝聴した。茅先生は数か月前にソ連(現ロシア)を訪問したとのことで、「ソ連の産業は軍事面に偏重しており、民生面では大変遅れており、深刻な状況が内在している」と紹介、政治面には言及しないものの、間接的な批判であった。その後私の在学していた宇都宮高等学校は普通科のみで、殆どが大学を目指しているものの、文科系であることを踏まえて、「日本は天然資源が乏しく、科学技術を発展させて工業立国、貿易立国を目指さなくてはならない。より多くの学生諸君が工学部を目指し、海外に雄飛されるよう期待する」と強調された。この講話は心中全くその通りと感じて、工業大学に入学したが製図が全く苦手であったこともあり、理工科系人材を募集していた商社に入社した次第である。私は電気工学であったが、同僚には機械工学、電子工学、応用化学、造船工学等々、多彩な人材がいた。機械設備やプラントの輸出を手掛けたが、ユーザーの要求内容やメーカーの説明、技術資料の理解掌握の面では、文科系出身者より有利だったと思われた。
3、 大学時代も1-2年生は一般教養学科を学ぶ必要があったが、哲学の教授と政治学教授の講義の中に人生訓になった教えがあった。どちらも「君たちはこんな科目は単位さえ取れればいいと思っているだろうから、肝心なことだけ覚えて置け」と前置きして言うには:
3-1.哲学:とかく人は現象面に左右され、一喜一憂するものだ。物事には現象面と本質面が同じこともあるが、全く異なる場合も結構多い。とどのつまり本質は何か、を極める方法を学ぶのが哲学であるとだけ覚えて置け。多くの事象から原理・法則を導き出す帰納法やその反対に一般的原理・法則から実際のものごとの本質を見抜こうとする演繹法も、別段学問的に究めようと思わなくてよいから、日常遭遇する又は見聞する事柄の本質を見抜く力を養ってほしい。
3-2.政治学:民主主義は万能ではないが、それ以上に良い政治思想は見つかっていない。民主主義の欠点は、ポピュリズム(大衆迎合主義)に陥り易いことである。一種の風潮、ムードにより世論が形成され、全体主義や自国中心主義になることもある。又大多数の国民は国全体より自分の身の回りの問題に強い関心を持ちがちである。民主主義社会では多数派が政権を握ることになるが、自由な政権選択には選択した者に責任があると自覚させる必要がある。言論の自由、公的情報の公開などにより、適正な判断ができるような社会が望ましいが、一定の困難がある。
  以上の教えは、確かにその通りと思わされる。例えば日本では国の借金がGDPの2倍にも達する。貸し手は一般国民であり、その預貯金(有価証券を含め)はGDPの3倍もあり、更に企業の内部留保も沢山あるが、このまま推移すれば、いずれ貨幣価値が下がり(インフレ)、その付けは債権者である国民に回ってくることになろう。

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