私が、魂は「超意識」だと思うのは、催眠術で前世体験をしたとき、光の塊である神に合う体験をしたことに由来します。
その時合った多くの魂(光の玉)その集まりである大きな光の玉(類魂)が、温かく、前向きでイキイキとして、「何かの役に立ちたい」という私が貢献欲求と呼ぶ意志しか感じられない存在であったからです。
これらの条件に一番合うのが「超意識」だからです。
私たちは、「意識」が自分のすべてだと思いこんでいますが。本当は違うのではないでしょうか。
「意識」や「無意識」から解放されたとき、本当の自分が見えてくるのかもしれません。
その為には、自分の貢献欲求を刺激することが大切なのではないでしょうか!
だから、キリストは「愛」と言い、お釈迦様は「慈悲」を説いたのではないでしょうか!
最後に魂と出会った前世療法のときの体験の一部を下記に抜粋します。

「翌日の体験では、神に会うことができました。
それは、本当に不思議な体験でした。突然、目の前に光の大きな玉が見えてきました。その光の玉は、やや縦長の楕円状でした。
その大きな光の玉からいくつもの小さな光が出ったり入ったりするのが見えました。
その光に入ってみようと思い、その光に入って見ました。その光の中は、大変気持ちの良い所でした。
また、その光の玉の中は、無数の小さな光の玉が集まりであることがわかりました。
すべての光の玉は、言葉を話すことは話すことがないのですが、「何かの役に立ちたい」という思いだけは伝わってきました。それ以外何も感じられませんでした。
すると、その小さな光の玉が私の体の中に入ってくるのがわかりました。そして、私の臓器(脳、心臓、胃)を突っついているのです。彼らが、突っつきながら私の体を治療してくれていることが分かりました。
とても気持ちよく、ずーとここに痛い気分でしたが、催眠の先生がしつこく声をかけるので、戻る事にしました。
後で、スピリチュアルカウンセラーの江原啓之の著書を読んで気づいたのですが、私が神だと思っていたのは、私の類魂(グループソウル)ではないかと今は思っています。」