戦後70年もの長い間何処の国とも戦わず、平和な社会で過ごして来た日本人の常識は中国のみならず、多くの国々とはまるで異なり、いい意味で世界の非常識となっているが、鎖国を続けて来た江戸時代同様殆どの日本人はそれに気付いていない。即ち見知らぬ他人への親切や清潔好き、一寸したことでも「すみません」と言う生活習慣等です。来日外国人の増加や各種の国際交流の増加等ますます国際化が進んでいる現状を鑑みると、嬉しい反面海外生活が26-7年に及ぶ私にとっては心配の種でもあります。
  2002-04年の2年間仕事の関係上、北京の西方1,000㎞の寧夏回族自治区の北端の街である、砂漠の中のオアシスとも言える石嘴山市で単身中級のアパートに住んでいたことがあります。オアシスと言うと、多くの日本人は砂漠の中の緑化都市でもあるかの如く、美しいイメージを持ちやすいのですが、現実は砂ぼこりやゴミだらけであり治安もあまり良くありません。赴任後秋口に入ると風呂(電気ヒーターで沸かす力の弱いシャワー式)に、冷たい外気が入り込むので窓枠を改造して貰った。ところが頼みもしない鉄格子も一緒に取り付けられていた。他の住民の部屋の窓も注意して見ると、ほとんど鉄格子がはめられていた。入口は木製の扉の他に防盗門と呼ぶ鉄製の扉は入居前から付いていた。現在は更にアパート群の団地の入り口には守衛所があるのが普通となっており、高級マンションだとアパートの一階の入り口で暗証番号を押さないと、建物自体に入れないのが一般化している。日本の常識からは想像し難い状況だが、最近テレビで紹介される各種海外での生活状況を見ると大同小異であり、日本のみが特殊だと分かります。
  又ジョギングを愛好する私は、この石嘴山市でも少しでも空気のきれいと思われる車道でない道を走っていたが、外国人の殆どいない小さい町なので、職場の中国人同僚達にも知れ渡り、一つの忠告を受けた。それは「先生の走っている通りは大変危険です。外国人だとすぐ分かり、外国人は金持ちのはずだとして、腕時計など金品を強奪される恐れがあります」とのことであった。犯罪に遭うと被害者の方が非難される様に何時の間にか国柄が変ってしまった中国ですので、止む無く街中の大通りを走ることになった次第です。中国で今現在居住されている皆さんに、ついでながら一つ助言致します。買物等で日本人は手荷物を足元に置きがちですが、それは絶対に止めて下さい。必ずカウンターの上に乗せるか、地上に置かざるを得ない場合は通路側でなく、店員のいるカウンター内に置いて下さい。置引する連中は何人かでグループを作りリレー式に強奪した金品を持ち去るので、取り戻せる可能性は略ゼロです。
 以上は中国の現状の一端ですが、私が初めて訪中し、駐在した1965年頃は全く異なった様相でした。当時は国交がない為香港経由でしたが、香港のホテルやデパートには印度人等屈強の男がガードマンとして立っているのが随分目についたが、中国国内では完全にゼロであった。ホテルにチェックインしても部屋に鍵を掛ける習慣さえなかった。当時日本の新聞でも「中国には泥棒とハエはいない」と報道された位であった。残念ながら中国経済の発展に反比例して治安状況はますます悪くなっています。騒乱発生(100人以上)の数も年間20万件以上、炭鉱事故でも死者20人未満なら報道しないと言われる位になってしまった。

  9月3日の天安門前のパレードで、北京の青空を、テレビを通じて久々に見たが、以前は「北京的秋天」と言われるくらい、北京の空はきれいだった。1965年10月1日の建国16周年記念パレードには天安門前の観閲台に招待されたが、パレードの主体はいろんな業種や民族を象徴するものだった。久々に良き時代の北京を思い出させられた次第です。  以上


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