中国の対外政策の中で、覇権主義反対は長年重要事項であり、折に触れ強調されてきたが、江沢民以降ほとんど言及されることはなくなった。と言うことは中国政府の対外政策の重大な変更であることを示しているが、何故か日本のマスコミも殆ど取り上げないのが不思議である。戦後長年中国にとっては、アメリカの対外政策が覇権主義に見え、更に1972年日中国交正常化したころはソ連(ロシアの前身)が覇権主義であり、激しく反発し、覇権主義反対を叫んでいた。従い日中国交正常化の時の共同宣言でも、1978年の日中平和友好条約でも、お互い覇権主義を求めず、第三国の覇権主義にも反対すると明記していた程である。どうしてこんな大きな政策変更になったのであろうか?
1、 鄧小平の改革開放宣言以降も1990年代中ごろまでは、経済的にも軍事的にも米ソにはかなわないとの認識の下に、覇権主義反対を叫んでいたが、軍事経済共に力をつけてきて既に ロシア以上のレベルになり、アメリカに追いつくのも時間の問題になったとの基礎的認識の変化があったのは間違いないと思われる。
2、 その証拠に江沢民も習近平も再三に亘り、アメリカに向かって太平洋は中米両国が分けあって管理するのに十分な広さがあると公言するに至っている。更に一帯一路との新政策の展開も要は中国が主体となって推進しようとするだけでなく、列強諸国が19世紀に行った長期的な租借地設置を真似していることを示している。具体的に次に紹介しよう。
3、 一帯一路の「一帯」であるが、海のシルクロードとも呼ばれる。インドの東南部に位置するスリランカのハンバントータ港を巨額の借款と引き換えに99年の賃貸契約を締結、同じくインドの西南部に位置する海洋小国のモルディブも類似の状況になっているとのことである。更にオーストラリア北部のダーウィン港も2015年には中国企業が、3億8800万ドルで99年間のリースに成功している。近くにはオーストラリアの海軍基地がある。その他紅海の入り口西側のジブチに巨額の借款を与えた上で、中国の海外基地をつくった。地中海のギリシャのアテネ近郊のピレウス港も買収されたとのこと。
4、 以上の如く、19世紀から20世紀にかけて、欧米列強及び日本により中国各地が租界地にされた苦難の歴史に対して、世界に向かって呼び掛けていたこととは真逆の政策を実施しているようにしか見えない。歴史に学ぶとは、中国にとっては昔欧米列強がやったことをこれからは中国がやるのだ、これこそ歴史に学ぶ姿勢と強弁していることになろう。
 1965年の初訪中・初駐在時、私より20歳以上年上の日本人と同じレベルの日本語を話す鄭重鶴と云う、我々日本人の世話係が北京にいた。彼は当局の指示と思われる事柄だけでなく、率直にいろんな問題について話してくれた。その中で印象に残っていることの一つは、「ベトナム戦争では如何に米軍が強大であっても結局は北ベトナムの勝利に終わるだろう。中国が北ベトナムを支援しているからではなく、ベトナム人は兵士だけでなく婦女子に至るまで、必要ならば沼地や森林の茂みの中に一日中でも潜んで米兵を狙撃するチャンスを待っている。それは戦場が自分達の生まれ育ったところであるからだ。本来海洋国家の日本が中国各地に侵攻したが、結局は敗退したのも同じ理由からだ」と云うものだった。最近の中国は自己の力の強大化を過信し、斯様な教訓を忘れ、本来大陸国家であるにも拘わらず、同時に海洋国家たらんとしている。長期的に見れば海洋国家(周辺を含めて)を自己の影響下に置こうとすることは成功しないであろう。
  近代以降国際的にも“民族自決”が重視、擁護されるようになったのも根は同じであろう。

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