とどのつまり中国(人)とは何ぞやと言う、このシリーズも今回で最終回としたい。
1、 やはり政治、思想的には事大主義であろう。事大主義とは自分より強く、豊かで、先進的であればそのような相手には憧れ、従順になり、或いは秋波を送ることであり、その逆と見れば傲慢になり自己中心主義となるが、時には保護者の如き態度を執ることになり、覇権主義にもなる。
2、1972年9月田中首相の訪中により日中国交回復が宣言され、1978年8月には日中平和友好条約が締結、同年10月には鄧小平副首相が来日し同条約の批准書交換がされて名実ともに国交が正常化されたが、1965年から再三中国に駐在し、或いはしばしば出張していて体験したことは、中国側の官民上げての心からの歓待であった。特に国交回復前は我々駐在員が博物館等見学すると人払いがあったり、地方への業務出張では貴賓室に通され、市長が挨拶に来たり、飛行機の場合はタラップの下まで出迎えの車が来ていたこともあり、その他沢山の事例は文字通り事大主義の傍証であった。鄧小平氏は来日時新幹線も利用されたが、そのスピード感に感嘆する等、政治闘争で国中騒いでいる中に、敗戦国であった日本が短期間で驚異的経済成長を遂げたことを目の当たりにし、「黒猫白猫論(思想の良し悪しより経済第一)」を唱え、帰国後僅か二か月で改革開放政策を打ち出すに至った。日本からは3兆円余の政府借款の他に、私が4年間勤務したJICA(国際協力事業機構)による沢山の無償供与(技術的物的)、更に国際交流基金の利用を含めて人材育成、友好姉妹関係に基づく地方自治体や民間企業からの援助等々。中国の何処に行っても、中日友好!中日友好!と叫ばれていた。
3、逆に経済的にも文化的にも日本より遥かに進んでいた古代に於いては惜しみなく日本に伝授或いは供与された。青銅器、鉄器、文字、法律、都市計画から絹織物、美術工芸品、豆腐など食文化、楽器に至るまで(奈良の正倉院の宝物の大部分)である。古代では冊封(さっぽう)体制と言うのがあり、中国の天子(皇帝又は大王)が、認定した周辺国に爵位や認定物(後漢時代、漢の委の国王との金印授与等)を与えると共に、朝貢品に対してその何倍もの価値のある物品を供与したりした。経済規模が日本の2倍にもなり、軍事力と共にアメリカをも超える存在になろうとしている現在、中国は「一帯一路」を初めとする世界戦略に於いて、「古代の夢よ!再び」と目論んでいるのは間違いなさそうであるが、政治体制に於いての遅れや文化芸術面での欧米日本等に後れを取っている状況を今後2-30年で以て、真にリーダーシップを取れる程レベルアップできるかどうか疑問がありそうである。
4、一方中国の一般大衆レベルでの意識や生活態度を考察すると、「鼓腹撃壌」にて表現された古代とあまり大差ないようである。即ち、政治面や国際的諸関係にはあまり関心がなく、好きなことができ、平穏無事に生きられれば、それで良しとすることである。常に他人の目を気にする日本人と自己中で行きたいとの中国人との相違は大変大きいものがある。
5、リベンジ主義:歴史に学べを建前にしており、韓国と共に絶えず日本に対しては虚実織り交ぜて非難攻撃し、自分達を優位に置こうとしているが、今後とも長期に亘り継続しそうである。また欧米に対しては、同様な素振りはまだしていないが、1840年のアヘン戦争以来の屈辱的な情況は清算されたとは見ておらず、いずれ提起される日が来るであろう。特にアメリカに対しては、朝鮮戦争やベトナム戦争では直接・間接戦っており、台湾問題では対決関係にあるが、当面経済軍事面でアメリカに対して劣位にある為「微笑外交」に努めているが、大きな対決関係になる恐れは多分にある。一方海外との人的交流がどんどん拡大・緊密化し、情報化の波もどんなに規制しようともより広く深く進んでおり、大衆は目覚めつつあり、早晩中国にも“ゴルバチョフ”が現れそうである。

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