日中共に多くの人々は、どうも基礎的な事情を理解していない様に思われる。
1)先ず日中双方の憲法前文を一読すれば、比較不能な程大差があることに、中国人も  日本人も驚くであろう。双方共に世界的に見て、稀有な憲法を有している。中国では中国共産党が、議会、政府、司法、軍隊から宗教、文化活動、マスコミ迄全ての社会活動を 指導すると規定し、その由来や正しさを強調している。従い憲法の保障する自由や民主 主義の概念も、日本や欧米諸国とは異なり、共産党専制と言う枠組みに反する民主主義や自由を主張すれば、国の根幹を揺るがす大罪となることも容易に理解出来よう。
一方日本の憲法前文には、「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、我等の安全と生存を保持しようと決意した」とあるが、当内容が実際の世界情勢からあまりにもかけ 離れていることは、誰の目にも明らかであろう。世界的に見て中国以上に稀有な憲法を  保持しているのが日本である。日本の憲法前文は人類が追求すべき理想としては肯定できようが、現実問題に対処する諸法令の基礎としては明らかに非現実的なものと認識すべきであろう。以上は好き嫌いに関係なく、日中共に基礎的事実なのである。
2) 中国では当り前すぎてニュースにならないが、中国首脳の最大の関心事項は、日本の政治家では思いもよらないことである。即ち餓死者を出さない事と国家統一の維持との事である。13年前JICAの援助プロジェクトの管理の為、黄土高原の一角、山西省吉県に一年余の間、毎月の如く北京より出張したが、「10年前からJICAの1,200Haの植樹 援助実施の際、経済林として各種果実樹も植林しました。今では果実が広く売れるようになり、お陰様で一人当たり平均年収(月収ではない)が400元(5000円程)から、900元と2倍余に増加し、心から感謝している」と当時現地で聞かされた。現在更に2倍のレベルに達したとしても、一人一日平均一ドルにも達しない。尚当時援助プロジェクトの存在を広報する為、道路沿いに看板を建設する了承を得る折衝に、半年も要する程難渋した。感謝はするが日本から援助を受けていることは、知られたくないとの複雑な現地状況だった。従来看板は道路から8km以上も山道を入った現場にしかなく広報の意味がなく、 国道沿いに建てたものである。
尚、戦前この地域は日本(軍)とはほとんど接触もなく、悪行もしていない。この吉県 程度の貧困地帯は全国各地にあり、中国政府の言う貧困家庭が大幅に減少し3,000万以下になったというのは、もっともっと貧しい人達を指している。というのは、芋類、粟( アワ)、蕎麦を含めて吉県では、一日三食の食事が可能だからである(我々に時には米飯も出たが、外地からの特別調達だった由。北京や上海の中国人にも理解されない状況だった。50余年前大躍進政策の失敗と自然大災害が重なり、何千万と言う人々が餓死したことが、政府首脳のトラウマとなっているのは間違いない。従って全国各地には巨大な糧食貯蔵倉庫を建設し、非常時に備えている。大連の道路沿いの倉庫軍も7号門まであり、推定計算では100万トン級の貯蔵庫群である。
日中問題は皮相的な現象面のみを観察したのでは、彼我共に理解不全となろう
柳沢経歴 http://www.nakatsu-bc.co.jp/komon/komon-2.html
  Mail add. Knhr-yana-@jcom.home.ne.jp