2018年 1月の記事一覧

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18年01月19日 14時51分41秒
Posted by: yanagizawa

 今回も寄り道です。誰でも青年時代に自分の人生に多大な影響を与えた人が居ると思われるが、参考になりそうなのを若干紹介しましょう。
1、 私の高校時代は昭和29年(1954)4月から32年(1957)3月ですが、昭和30年だったと記憶するが、吉田内閣で文部大臣だった人で文化功労者でもあった天野貞祐先生の講話を、高校の講堂で拝聴した。特に印象に残ったのは「戦後デモクラシーだ、民主主義だと叫ばれているが、どうも民主主義をはき違えている連中が多過ぎると思う。自由な言動には責任が伴うもので、よく分かりもしない事柄に付和雷同的に同調したり、叫んだりしてはならない。特にどんな分野にもその道に精通した人が居るものである。そのような専門家の意見を尊重すると共に、君達も夫々が何らかの分野で専門家になることを期待する」と云うものだった。
2、 翌年の昭和31年には、東大総長や日本学術会議の会長も務められ、文化勲章も授与された茅誠司先生の話をやはり講堂で拝聴した。茅先生は数か月前にソ連(現ロシア)を訪問したとのことで、「ソ連の産業は軍事面に偏重しており、民生面では大変遅れており、深刻な状況が内在している」と紹介、政治面には言及しないものの、間接的な批判であった。その後私の在学していた宇都宮高等学校は普通科のみで、殆どが大学を目指しているものの、文科系であることを踏まえて、「日本は天然資源が乏しく、科学技術を発展させて工業立国、貿易立国を目指さなくてはならない。より多くの学生諸君が工学部を目指し、海外に雄飛されるよう期待する」と強調された。この講話は心中全くその通りと感じて、工業大学に入学したが製図が全く苦手であったこともあり、理工科系人材を募集していた商社に入社した次第である。私は電気工学であったが、同僚には機械工学、電子工学、応用化学、造船工学等々、多彩な人材がいた。機械設備やプラントの輸出を手掛けたが、ユーザーの要求内容やメーカーの説明、技術資料の理解掌握の面では、文科系出身者より有利だったと思われた。
3、 大学時代も1-2年生は一般教養学科を学ぶ必要があったが、哲学の教授と政治学教授の講義の中に人生訓になった教えがあった。どちらも「君たちはこんな科目は単位さえ取れればいいと思っているだろうから、肝心なことだけ覚えて置け」と前置きして言うには:
3-1.哲学:とかく人は現象面に左右され、一喜一憂するものだ。物事には現象面と本質面が同じこともあるが、全く異なる場合も結構多い。とどのつまり本質は何か、を極める方法を学ぶのが哲学であるとだけ覚えて置け。多くの事象から原理・法則を導き出す帰納法やその反対に一般的原理・法則から実際のものごとの本質を見抜こうとする演繹法も、別段学問的に究めようと思わなくてよいから、日常遭遇する又は見聞する事柄の本質を見抜く力を養ってほしい。
3-2.政治学:民主主義は万能ではないが、それ以上に良い政治思想は見つかっていない。民主主義の欠点は、ポピュリズム(大衆迎合主義)に陥り易いことである。一種の風潮、ムードにより世論が形成され、全体主義や自国中心主義になることもある。又大多数の国民は国全体より自分の身の回りの問題に強い関心を持ちがちである。民主主義社会では多数派が政権を握ることになるが、自由な政権選択には選択した者に責任があると自覚させる必要がある。言論の自由、公的情報の公開などにより、適正な判断ができるような社会が望ましいが、一定の困難がある。
  以上の教えは、確かにその通りと思わされる。例えば日本では国の借金がGDPの2倍にも達する。貸し手は一般国民であり、その預貯金(有価証券を含め)はGDPの3倍もあり、更に企業の内部留保も沢山あるが、このまま推移すれば、いずれ貨幣価値が下がり(インフレ)、その付けは債権者である国民に回ってくることになろう。

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18年01月04日 14時16分45秒
Posted by: yanagizawa

今回は昨年私の居住するコミュニティで話させて頂いたもので、中国人のみならず日本に居住または来たことのある外国人が日本に対して、不思議と感ずる諸点を紹介致しましょう。
1、 盗難など犯罪が少ない為か、人々の防犯意識が薄い:自販機や無人販売所が無人地帯にある。公衆トイレに予備のトイレットペーパーまである。会合の折の集会所に手荷物預かり所もロッカーもない。柵のない市街地の河川や池に高級な錦鯉が飼われており、郊外の河川には魚や野鳥が多い。一戸建て住宅の塀があまりにも低い。護衛なしで大量の現金を運搬する。
2、 日本人には信仰心があるのかないのか不可解:街中で布教活動や托鉢のお坊さんの姿はほとんど見かけないが、神社仏閣は立派で参詣者も多く、特に年末年始など季節折々に沢山の参拝者が居る。
3、 おもてなし、サービス精神がすごい:見知らぬ人々にも親切で、思いやり精神の発露なのか電車など列を作って待ち、割り込みも殆どない。レストランで注文せずとも先ず飲み水が出てきて、デパートなどでは何も買わなかったのに、出口では「ありがとうございました」と店員がお礼の言葉を述べ、深々とお辞儀する。
4、 何処に行っても清潔できれい:市街地だけでなく、公園や農村、何処でも清潔でよく清掃されている。ゴミ箱はあまりないし清掃人もあまり見かけないが不思議だ。
5、 子供達は冬でも薄着、酷ではないか:幼稚園の園児や小学生が冬でも半ズボンか短いスカートで防寒用のストッキングを履いていない。女学生も同様。学校では小学生が自分たちで給食を配り、雑巾がけをする。又登下校には保護者の同行や車での送迎がなく徒歩である。
6、 私とか君、あなたとか言わずに意思が通じる:「愛しているよ」とか「あげますよ」とかの会話で私とか君、あなたとか言わない。英語なら「I love you」、「I will give you it」と言い、中国語なら「我愛你」とか、 「我給你那个」と言うが、日本人社会では誰が、誰にと言うような代名はあまり使用せずとも通用する。もし多用するとそらぞらしく水臭いと感ずるらしい。
7、 謝罪会見等での表現が不可解:「ご迷惑をおかけした」、「社会を騒がせた」、とか「御心配をおかけした」等と言うことが多いが、不可解である。「頭を下げた人を責めない」は正に武士道精神の発露らしい。又肉親の急死など悲惨な事態に遭遇しても涙を流さず、「人前で涙を見せることは恥ずかしいこと」との深層心理がありそうだ。
8、 日本には沢山の“国”がある:国名「中国」が中心的国家と理解され問題視されたことがあるが、日本には中国地方だけなく、九州と言う「全国」を表す地域や「四国」との地域もある。小さい日本にこんなに沢山の“国”があり不思議だ。尚沖縄の人々は本州の人々を「ヤマトンチュウ(大和人)」と言い、自分達を「ウチナンチュウ(沖縄人)」と言うようだ。
9、 国防意識は殆どないように見える:殆どの日本人にはあまり国防意識がなく、米軍基地の存在も迷惑だと思う人々が多いが、それでいて有事の際には米軍が助けてくれると思っている。自助努力第一との考えがない日本人を本気で守ろうとするアメリカ人はあまり居ないだろうと思われる。特に米軍人の母親や奥さんは。
10、まとめ:独特な日本らしさは徐々に世界中で普遍的になりそう:5千年前の三内丸山遺跡では糸魚川の翡翠が見つかる等、国内的には既に流通があったが、同時に海に囲まれている状況は理解されていたと思う。他方地震、火山の噴火、台風の襲撃等助け合わねば生きていけない環境が理解され、民族性や国民性に転化・定着し、島国根性と揶揄されたこともある日本人だが、世界的に交通通信がどんどん発展し、世界人口も70億を超過し更に増加しつつある状況を認識すれば、全ての人々は宇宙船地球号の住民と思わざるを得なくなろう。 以上

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