2011年 6月の記事一覧

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11年06月08日 14時14分02秒
Posted by: viebrand
本日もコンピューターに向かって仕事をしながら日経新聞Web刊をチェックしていたら、気になる記事がいくつかあったので筆をとった(キーを叩いた!)。

まず、午前中のトップ記事に「10億人を動かすクラウドの巨人たち」と題する編集委員中山淳史氏による解説が掲載されていた。「クラウドキャピタリスト」と呼ばれ、「クラウド・コンピューティングを駆使し、人の生活スタイルや産業構造を変えながら巨大な利益を上げていく」グーグル、アップル、アマゾン・ドットコム、フェイスブックの4強の勢いに比べ、取り残されていく日本企業を描いている。

今月の6日に発表が行われたアップルのiCloudのインパクトは非常に大きく、私自身もアップルのサイトでOS X LionやiOS 5といったOSの進化を見て、新時代の到来を直観した。グーグル等が切り開いてきたクラウド・コンピューティングへの流れがアップルによって更に身近に、決定的になったと言って良いのではないかと思う。

次に気になった記事は、昨夜遅くの掲載になっているが、「放置できない東京市場の超衰退」と題する記事で、株式時価総額に見る日本企業の衰退とその反映として株式アナリストさえもいなくなっている東京市場の現実を解説している。大きな記事でなないが、タイトルに「超」の字がついているのにハッとした。

同じようなことは10年以上前から言われていたが、それでも同僚の中国系カナダ人コンサルタントが「ファイナンスがかなり中国にシフトしたとは言っても、まだまだ重要な情報や人は東京に集まってくるんだ」と言っていたのを思い出す。それから10年、、、変化は決定的になろうとしている。

私はこれら二つの記事が、日本企業の衰退に関連しているということだけではなく、グローバルに進行する大きな時代の切り替わりの一側面を示していると考えている。それは、「成熟した工業化社会から本格的な情報化社会への移行」であり、それに必然的に伴うグローバル化の進展である。

少し詳しく述べると、私は1993年には米国の経営コンサルティング会社のR&D拠点にいて国際チームの一員としてBPR(ビジネス・プロセス・リエンジニアリング)手法の開発を行っていた。その年の前半は、研究開発と同時に日本への初めてのBPRの導入を米国から行っていたが、夏の終わりには帰国して秋から頻繁にBPRの講演を行っていた。日本において1993年は、言わばBPRの元年だったのである。

それらの講演やクライアントへのプリゼンテーションの際に、私はBPRの手法的な側面よりも、むしろBPRが持っている本質的な意味合い、BPRが反映している深層における大きな変化について強調した。残念ながら理解されることは、決して多くはなかったと思うが、、、。

BPRの持つ最も大きな意味合いは、上に述べたように、それが成熟した工業化社会から本格的な情報化社会への移行期の真っただ中に入っていく印だということだ。私は、この移行期全体を1980年から2010年までの約30年間とし、それを更に10年間ずつの三期、即ち移行開始期、本格的移行期、移行完成期に分け、「BPRはこの本格的移行期である1990年代の開始を告げる一つの現象です」と強調していた。(その詳しい理由は、機会を見て改めて述べたい。)

私は、BPRの発想の原点は日本的経営なので日本企業には必ずしも目新しくは映らない、手法として理解すれば単なるITの応用になってしまう、そうではなく働き方や組織の在り方、雇用関係を含み、広く社会経済全体に大きな変化を及ぼすきっかけとみなすべきだと考え、そのように説明していた。

気がついてみれば、それから約20年が過ぎ、「移行完成期」が終了したと言ってもよい2011年となっている。この30年に亘る移行期における劇的なかつ本質的な変化に、逆説的だが、多くの人々は慣れっこになってしまい、かえって気がついていないのではないかとも思う。

私としては、この1993年にBPRの紹介を通して私なりの警告を発したつもりだったが、残念ながら1990年代と2000年代は本当に「日本の失われた20年」となってしまった。

今、日本はリーマンショック以降の不景気に加え、東日本大震災・福島原発事故と言う未曾有の危機にある。大企業も、中小企業も、個人事業者も、国も、自治体も、国民も「災い転じて福となす」べく、覚悟して新たな時代の創生に取り組むしかない。

明治維新や第2次世界大戦敗戦以降、今程日本の首相、経営者や首長などのリーダーにビジョンとクリエイティビティー、発想の転換が欠かせない時代はないのではないだろうか。

ヴィブランド・コンサルティング
代表取締役 澤田康伸
11年06月02日 22時03分23秒
Posted by: viebrand
教育のあるべき論を考えるのに、残念ながらここ二、三十年は問題の材料にこと欠かない。凶悪化する少年犯罪、公教育の劣化、いまだに続く知識偏重の受験教育、覇気を欠く国内志向の学生、学生の能力と企業ニーズのミスマッチ、グローバル化に対応できない日本企業、等々。本日、茶番劇のごとく内閣不信任案が否決されたが、そもそも日本の政治不能を引き起こした民主主義教育の在り方もその一つに違いない。

一方、今回の東日本大震災からも様々な教育のテーマが浮かんでくる。防災教育の在り方、PTSD(心的外傷後ストレス障害)への対応、コミュニティー教育の在り方、原発等の難しい問題の議論の在り方、個人による情報収集と判断能力の育て方、リーダーシップの育て方、復興のために必要な教育、等々。

教育に関するテーマは元々広範だが、大震災はその極限的な役割を照らし出しているのではないかと思う。それは、「生きていくための力を養う教育」であり、「自立した大人を育てていくための教育」だ。対象は何も子供に限った話ではない。私を含めた大方の大人にも、継続的に、おそらくは死ぬまで必要な教育だ。

それでさえも、その具体的な内容や形は多岐に亘るだろう。危機に瀕した場合のサバイバル教育、困難を乗り越えるための教育から、ゼロベースでものを考えるための教育、自己実現のための教育、更には真の民主主義を発展させるための教育にまで及ぶだろう。言わば際限がなく、どんな教育でもこの範疇に入ってしまうかもしれない。

しかし、教育の効果・効率を上げるべく、その内容や方法論を真剣に考えれば、上記の様々な教育の本質や階層性を考えざるを得ないだろう。社会も個人も、時間やエネルギーが限られているからだ。

私は以前から戦後の日本の家庭教育、学校教育に欠けていたある部分が気になっていた。それは大震災のような非常時ではなくとも通常時から必要になるはずの「生きていくための教育」である。つまり「大人になるということは?」、「自己実現ということは?」、「働くということは?」「結婚をするということは?」、「親になり、子供を育てるということは?」「歳をとるということは?」、そして「死ぬということは?」、、、。それは失業した時にはどうするかという実用的な知識であったり、自己実現のように具体的な答えは与えられないが、それを自分で見つけるための考え方であったりする。かつては、道徳教育の一環として触れられていた部分があるかも知れない。

私は、その本質はアイデンティティーの問い、即ち「自分という人間は何者であって、どこから来て、どこへ行こうとしているのか?」、言いかえれば哲学の問いだと考えている。

なぜ、この問いが本質であり、重要なのか?今、問題となるのか?それは、一瞬のサバイバルから長い人生まで、様々な思考の時間スケールを取り去って共通項を抜き出せば、「外界や環境を正しく認識し、その中で得た情報から将来を的確にシミュレートし、そのあり得べきシナリオの中で自己の存続や実現を最大限に図ろうとする能力」に他ならないと思うからだ。ここでの「自己の存続・実現」は、もちろん他を犠牲にして成り立つものではなく、他との適切な関係性において成り立つものである。

教育学の分野で様々な「能力」がいかなる要素から成り立っているかという研究は昔から多いが、最近の脳科学の発展によって、その知見は深化しつつある。例えば、言語能力や空間認識能力等の特殊能力が脳の局所的なニューロン群と対応している仕組みはかなり詳細に分かっている。しかし、それらの特殊能力とともに、全ての特殊能力試験結果と高い相関関係を示す一般能力の存在が示唆されている。それは、全ての特殊能力の背後にあるものか、特殊能力が統合されたものかはまだ完全に分かっていないが、今後明らかになっていくであろう。

いずれにしても、そのような一般能力を育てるのに有効と考えられる教育を試行錯誤しながらでも強化していくことが最も重要であり、「急がば回れ」ではないだろうか。人生において否応なしに遭遇する様々な困難になんとか対処していけるということは、どんな人でも、どんな場合でも最も必要なことに違いない。

ヴィブランド・コンサルティング
代表取締役 澤田康伸

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