「おいおい、熊さん」
「今度はなんですかい?おやっさん」
「熊さんがやろうとしているフランチャイズチェーンね。これ、お止めなさいよ」
「そりゃまた、どうして?」
「魂胆が良くない」
「コンタン?」
「そう、魂胆ですよ。だいたいあんたみたいに人が良いのを食い物にしようっていう魂胆がミエミエですよ」
「あたしは騙されてるんですかい」
「そう、熊さんは騙されてるんですよ」
「そりゃ、どうしてですかい。パンフレットもこんなに立派だし、それに泣く子も黙るワクワクバーガーですよ。この間来てくれた本部の人なんか、すごく親切に教えてくれましたよ。あたしは感動しちゃいましたけどね。とにかく、事業計画は作ってくれるわ、お店の設計はしてくれるわ、銀行の紹介はしてくれるわ、前回おやっさんの言ってたリッチなんか完璧ですよ」
「どこが完璧なもんですか。その立地が一番問題なんですよ」
「ええっ、だめですか?」
「だめですよ」
「でもおやっさん、このワクワクバーガーの事業計画書をもう一度見てくださいよ。こんなに真剣に立地調査してくれたんですよ。あたしは何にもしなかったのに、こんなに調べてくれたんですよ」
「あんたねえ、そんな泣きべそかいたってだめなんだよ。ほんとに悪いやつだね、こんなに心根の優しい熊さんを騙そうっていうんだから」
「・・」
「いいかい、商圏内の学校生徒数が6342人、世帯数が23831戸、人口が52676人て書いてありますね。これ、熊さんはどう思うんだい?」
「へえ。すごくお客さんがいるんだって思いましたけど」
「そうでしょ、たいてい誰でもそう思うんですよ。そこが付け目なんですよ」
「こりゃ、嘘だと言うんですかい」
「嘘は書いちゃいないと思いますよ」
「てえと、これじゃ少ないんですかい?」
「いやあ、とんでもありません。半径1キロメートルの範囲に5万人も住んでいるなんてそうザラにあるもんじゃありませんよ」
「それじゃあ、何が問題なんで」
「よく考えてごらん、熊さんや」
「はあ」
「5万人の人が住んでいるということは本当だとしても、その人たちがみんなお客さんになってくれるとは限らないでしょ」
「へえまあ、その通りですが。ですが、おやっさん、あたしは誰とでもすぐに仲良くなれますんで大丈夫ですよ」
「お店にお客さんが来てくれなかったら、仲良くしようにも仲良くなれないんですよ」
「最初はちいっとは来てくれるでしょう。そういう人と仲良くしてですね。そうすれば、その人がね、また新しい人を連れて来て、そうしたらまた仲良くしてですね」
「だんだん増やしていくというんでしょ」
「そうそう、その通り。そうすりゃ、すぐ商売繁盛ですよ」
「熊さん、商売はそんなに甘くはないの。考えてごらん。最初に来てくれる人をニュー・トライヤー(新規顧客)というのだけれど、それが何人になる見込みなの?」
「うーむ。10人くらいですかね」
「あんたね、10人で商売成り立つの?この事業計画書は、何人の人がお客さんにならないといけないと書いてあるの?4800人でしょ。月に360万円の売上を確保するにはね」
「へえ。最初は10人でも翌日は20人、その次は30人。そうやっていけば月末には、310人来るようになってですね。そうすれば、いずれ4800人になるってワクワクバーガーの人は言ってましたけど」
「何言ってるんだか。ハンバーガーにも購買頻度というのがあってね、月に2、3回ですよ。それだって、熊さんの店だけで食べるわけじゃないから月1回がいいところ」
「てえことは、最初の10人は翌日来ない。てえと次の日も10人ですかい?その次も10人。うーむ。月に全部で310人ですかい?これじゃあ、店が成り立ちませんよ」
「おっ、今日は計算が早いじゃないかい。それにね、その310人のお客さんは熊さんが連れてくるわけじゃあないでしょ」
「へえ、あたしが仲良くしたお客さんは翌月に来てくれるんです」
「じゃあ、310人のお客さんはどうしてやってきてくれるんです?」
「たまたま通りかかって、ぶらりと」
「だから立地が大事なんですよ。熊さんのお店は、ぶらりと通りかかってくれるような立地ですかい?毎日毎日違った人が歩いているような立地ですかい?」
「そりゃあわかりません」
「事業計画書とやらに書いてありますか?」
「ぜんぜんどこにも」
「そうでしょ。そんな肝心なことが書いてないから問題なんですよ」
「それじゃ、商圏人口は意味ないんですか」
「肝心のことが分からなければね。肝心なことを書いてないのは、そこに魂胆があるということですよ」
「コンタンですね」
「そうコンタン、じゃなかった魂胆。おい。熊さんどこへ行くの。まだ続きがあるんだよ。あらま、また行っちまった」

【解説】
立地調査をせず、また調査結果を故意に隠すことで、不振店を出していくフランチャイズチェーンが後を絶たない。それが本部と加盟店とのトラブルに発展していくのである。今回の話は、つい最近筆者のところに持ち込まれた実話をもとに書いてある。
大量なデータを使い、商圏人口の多さをことさら強調して、肝心の立地の良否については触れず、素人をその気にさせるという巧妙なやり方が増え始めた。訴訟になってもなかなか白黒がはっきりせず、結局大損した方が負けという事例が相次いでいる。
特にファーストフード店は新規来店客(ニュートライヤー)が常にいないとどうにもならない。いくらポピュラーになったとはいえ、ハンバーガーは誰もが毎日食べるような商品ではないからだ。最低限の条件として、多くの人の目に付き、多くの人が行き易い立地でなければならない。
もちろん、熊さんの「仲良くする」能力をはじめとする商品力がなければ立地の良さは活きて来ないのだが。

●ホームページ
http://www.sorb.co.jp