インドで急成長を遂げて注目されているバイオコンという製薬会社がある。この企業の創業者は、マズムダー・ショーという女性である。彼女の父親は、インドのビールメーカーの醸造所監督であったが、ビール製造業に興味を示さない娘に、ビール醸造を科学として見ることを教えた。娘は動物学の学位を生かして研究者としてのキャリアを求めていたが、父親のアドバイスに心機一転してオーストラリアに行き、現地の大学で麦芽製造とビール醸造を学び優等で卒業し、醸造所監督の資格をもつ最初のインド女性となった。

しかし、インドに帰ってビール会社の職を得ようとしても、ビール醸造という男性社会では、就職口は見つからない。そのため、彼女は醸造業のコンサルタントとして独立することにした。そして、酵素を製造するバイオコン・バイオケミカルの創設者と運命的な出会をして、この会社と合弁会社を設立する。彼女は、1978年に1,200ドルの元手で、ガレージを事務所として起業をしたのだが、最初に雇用した社員が車のメカニックだったいうのが面白い。創業の翌年には、酵素を米国やヨーロッパに輸出し、1996年にはジェネリック医薬品の製造を始めている。現在、この企業は、5,300人を雇用する大企業となり、彼女はインドで女性として第四位のお金持ちになっている。

バイオコンはインドで最大のバイオテック企業であり、インシュリンの生産ではアジアで最大の企業である。現在、世界の糖尿病患者は2億8,500万人を突破しており、2015年までインシュリンの市場は毎年20%で成長すると予測されている。そこで、バイオコンの技術を見込んで、米国のファイザーは、バイオコンにインシュリンの生産を委託する契約を交わしている。もうすでに、2億円の前金は支払い済みで、さらに1億5,000万円が、支払われるという。目標とする市場は、インドとブラジルをはじめとする新興国市場である。

この企業の歴史をみると、ビール醸造技術を科学として見ることを教えた、創業者の父親も偉大であるが、ここまでの大企業に育て上げた創業者の能力もすごい。そして、新興国市場の富裕化にともなって、増え続ける糖尿病患者の動向を正しく予測して、ファイザーとの契約を締結した経営者としての戦略的能力に驚かされる。日本語の「ものづくり」という単語を、他の言語に正確に訳するのは難しい。日本語で「ものづくり」というと、何か技術の伝承という意味合いが強いが、日本語の「ものづくり」という言葉の本質には技術を科学として考える姿勢があることを、この企業は教えている。(Written by Shigeo Sunahara of CBC, Inc.) (Source: Businessweek Feb. 28 - Mar. 6, 2011)