2007年 10月の記事一覧
先月の9月6日 JL703便 成田空港発でタイ・バンコク(SUVARNABHUMI空港)に行ってきた。
今回の目的は、日本国内でコンサルしているリラクぜーション施設に、本場のタイスパ(タイ式トラディショナルマッサージ&アロマエステ)を展開するためであった。
それにしてもこの道路の渋滞は相変わらずだ。
首都高いや六本木? はたまた那覇もまったく比べ物にならないほどの渋滞だ。
ホテル到着は深夜にもかかわらず、それでも翌朝からあちこちと仕事(タイスパ巡り)に励むサバ〜イな私。
お昼から屋台でビールを飲んでいると、
「タクシン?」
とウエイトレスに言われ、一瞬周囲のタイ人が一斉に視線を送ってきた@@;
「似ていないと思うけど!」
と、私をタイに連れて行ってくれたタイ式マッサージ&スクール経営の社長に言うと、
「似てる! 似てる! タクシンそっくりだ」
そういってY氏は笑っているではないか。
その夜、ホテルの戻って髪型を七三にしてみてビックリ(@_@;)
自分でも驚くほどのタクシンだった。
それにしても本場のタイ料理はいつ食べても安くて美味い!
おかげで「タイ在中(笑)」4キロも太ってしまった。
バンコクでは、
タイ保健省認定タイ古式マッサージスクール タイ・ゴールドフィンガーインターナショナル<< タイ保健省タイ伝統医学協会連合認定校>>The Union of Thai Traditional Medicine Society で、これから世界に向けて発表される予定の耳○○ヒーリングエステを日本人で初めて経験させてもらった。
(耳ツボダイエットではないですよ!)
なんということだろうか。
あっという間に一週間が過ぎてしまった。
タイの楽しさは知っての通り。
当然ながら段々と日本に帰りたくなくなる。
タイにSTAY中は「サバ〜イ サバ〜イ」
でも帰るときは、さみしさで「マイサバ〜イ」
そろそろSUVARNABHUMI空港に向かわねば(T_T)
JL704便の機体の中には、ぐっすり寝いっているタクシンがいた。
また行きタ〜イ♪
バンコクに着いた日は、シーロムのマンダリンホテルで火災発生。
なんと帰りはプーケットで、滑走路が雨のために着陸した飛行機がオーバーランで山に激突・炎上大破!
一歩間違えたら命がけのタイ・バンコク旅行だったようだ♪
タクシン→イギリスに現在亡命中のタイの元首相
サバ〜イ→元気 または気持ちいい
マイサバイ→サバイの逆
今回の目的は、日本国内でコンサルしているリラクぜーション施設に、本場のタイスパ(タイ式トラディショナルマッサージ&アロマエステ)を展開するためであった。
それにしてもこの道路の渋滞は相変わらずだ。
首都高いや六本木? はたまた那覇もまったく比べ物にならないほどの渋滞だ。
ホテル到着は深夜にもかかわらず、それでも翌朝からあちこちと仕事(タイスパ巡り)に励むサバ〜イな私。
お昼から屋台でビールを飲んでいると、
「タクシン?」
とウエイトレスに言われ、一瞬周囲のタイ人が一斉に視線を送ってきた@@;
「似ていないと思うけど!」
と、私をタイに連れて行ってくれたタイ式マッサージ&スクール経営の社長に言うと、
「似てる! 似てる! タクシンそっくりだ」
そういってY氏は笑っているではないか。
その夜、ホテルの戻って髪型を七三にしてみてビックリ(@_@;)
自分でも驚くほどのタクシンだった。
それにしても本場のタイ料理はいつ食べても安くて美味い!
おかげで「タイ在中(笑)」4キロも太ってしまった。
バンコクでは、
タイ保健省認定タイ古式マッサージスクール タイ・ゴールドフィンガーインターナショナル<< タイ保健省タイ伝統医学協会連合認定校>>The Union of Thai Traditional Medicine Society で、これから世界に向けて発表される予定の耳○○ヒーリングエステを日本人で初めて経験させてもらった。
(耳ツボダイエットではないですよ!)
なんということだろうか。
あっという間に一週間が過ぎてしまった。
タイの楽しさは知っての通り。
当然ながら段々と日本に帰りたくなくなる。
タイにSTAY中は「サバ〜イ サバ〜イ」
でも帰るときは、さみしさで「マイサバ〜イ」
そろそろSUVARNABHUMI空港に向かわねば(T_T)
JL704便の機体の中には、ぐっすり寝いっているタクシンがいた。
また行きタ〜イ♪
バンコクに着いた日は、シーロムのマンダリンホテルで火災発生。
なんと帰りはプーケットで、滑走路が雨のために着陸した飛行機がオーバーランで山に激突・炎上大破!
一歩間違えたら命がけのタイ・バンコク旅行だったようだ♪
タクシン→イギリスに現在亡命中のタイの元首相
サバ〜イ→元気 または気持ちいい
マイサバイ→サバイの逆
最近ブログをまったくサボっていたら、山形県酒田市のK氏から、
「小山さん、ぜんぜんブログを更新していないですね!」
とのお叱りを頂き、
「ブログを書いたら日頃の行動がバレちゃうではないか!」
と反論したものの、
「それでは何のためのブログなのか意味がない。」
と反省し、かなり前にさかのぼりながら、いろいろ綴ってみようと思いました。
なので、皆様よろしくお願いいたします。
日時はいつだったかなぁ〜?
実は沖縄の「嘉手納基地内」に侵入して来ました。
今回のお目当ての場所は、知る人ぞ知る 嘉手納基地 エアフォース内 BEST OFFICERS' CLUB IN THE AIRFORCE 「Jack's Place」です。
沖縄Yナンバーの先導車のあとに続き、黒塗りのリムジンは58号線の北谷 第一ゲート入口駐車場に到着。
その後 18th Security Forces Visito Control Center で厳重なるチェックをおこない「KAB Gー1」を無事通過しました。
ゲートには強面の米兵が5人(1人女性)が機関銃を抱えており、一瞬緊張したが、「VEHICLE PASS」を見ると「OK」のGOサイン。
基地内を車で走ると @@; オォ〜なんと広大な敷地なのだろうか?
静でゆったりした時間が流れているではないか。
沖縄は今回で122回目の私だが、ここはまるで沖縄、いや日本ではないような錯覚を覚えさせる。
「日本とアメリカ」 「沖縄とアメリカ」 いやそれ以上に 「沖縄と本土」との関係が痛いほど分かるからこそ、複雑な気持ちがこの胸を包み込む・・・。
さあ今回のお目当ては クリントン大統領が沖縄サミットに出席した時、沖縄での秘密の隠れ家的存在だった「Jack's Place」3Fの迎賓室を貸し切っての晩餐会。
「Jack's Place」のManegerである Sadamu Jack Oshiro氏のエスコートで、特別室(迎賓室)に案内された。
3Fの特別室や隣のガーデンテラスからは、東シナ海に沈む沖縄独特の夕日のパワーが、北谷美浜の街影を鮮やかに浮かび上がらせ、遠くに見える「鉄格子」が、ココはどこかをあらためて思い知らしめているようであった。
「さぁ乾杯をしましょう♪」
今回の晩餐会をしてくださったのは、自称私の沖縄の母であり、またある意味私のオナリ神でもある、
かりゆしグループ 創業者の平良スミ子さん。
「平良様、いつも大変ありがとうございます。」
また、メンバーはいつも毎回お世話になっている、
国立劇場おきなわ運営財団の大城學先生
国指定重要無形文化財「組踊」保持者 瀬底正憲先生
首里で病院を経営している金城孝次サイコセラピーオフィスの金城孝次先生。
平良スミ子さんの御厚意にすっかり甘えながら、五人でクリントンフルコース(笑)とワインで、琉球談義に華をさかせる。
そのときであった。
アメリカ軍の巨大な航空機や貨物機の姿、そして戦闘機の爆音が我々の会話に割って入った。
その音にフォークとナイフをテーブルに置き、3Fガーデンテラスから夕日に染まった沖縄の海を見ている私がそこにあった。
「小山さん、ぜんぜんブログを更新していないですね!」
とのお叱りを頂き、
「ブログを書いたら日頃の行動がバレちゃうではないか!」
と反論したものの、
「それでは何のためのブログなのか意味がない。」
と反省し、かなり前にさかのぼりながら、いろいろ綴ってみようと思いました。
なので、皆様よろしくお願いいたします。
日時はいつだったかなぁ〜?
実は沖縄の「嘉手納基地内」に侵入して来ました。
今回のお目当ての場所は、知る人ぞ知る 嘉手納基地 エアフォース内 BEST OFFICERS' CLUB IN THE AIRFORCE 「Jack's Place」です。
沖縄Yナンバーの先導車のあとに続き、黒塗りのリムジンは58号線の北谷 第一ゲート入口駐車場に到着。
その後 18th Security Forces Visito Control Center で厳重なるチェックをおこない「KAB Gー1」を無事通過しました。
ゲートには強面の米兵が5人(1人女性)が機関銃を抱えており、一瞬緊張したが、「VEHICLE PASS」を見ると「OK」のGOサイン。
基地内を車で走ると @@; オォ〜なんと広大な敷地なのだろうか?
静でゆったりした時間が流れているではないか。
沖縄は今回で122回目の私だが、ここはまるで沖縄、いや日本ではないような錯覚を覚えさせる。
「日本とアメリカ」 「沖縄とアメリカ」 いやそれ以上に 「沖縄と本土」との関係が痛いほど分かるからこそ、複雑な気持ちがこの胸を包み込む・・・。
さあ今回のお目当ては クリントン大統領が沖縄サミットに出席した時、沖縄での秘密の隠れ家的存在だった「Jack's Place」3Fの迎賓室を貸し切っての晩餐会。
「Jack's Place」のManegerである Sadamu Jack Oshiro氏のエスコートで、特別室(迎賓室)に案内された。
3Fの特別室や隣のガーデンテラスからは、東シナ海に沈む沖縄独特の夕日のパワーが、北谷美浜の街影を鮮やかに浮かび上がらせ、遠くに見える「鉄格子」が、ココはどこかをあらためて思い知らしめているようであった。
「さぁ乾杯をしましょう♪」
今回の晩餐会をしてくださったのは、自称私の沖縄の母であり、またある意味私のオナリ神でもある、
かりゆしグループ 創業者の平良スミ子さん。
「平良様、いつも大変ありがとうございます。」
また、メンバーはいつも毎回お世話になっている、
国立劇場おきなわ運営財団の大城學先生
国指定重要無形文化財「組踊」保持者 瀬底正憲先生
首里で病院を経営している金城孝次サイコセラピーオフィスの金城孝次先生。
平良スミ子さんの御厚意にすっかり甘えながら、五人でクリントンフルコース(笑)とワインで、琉球談義に華をさかせる。
そのときであった。
アメリカ軍の巨大な航空機や貨物機の姿、そして戦闘機の爆音が我々の会話に割って入った。
その音にフォークとナイフをテーブルに置き、3Fガーデンテラスから夕日に染まった沖縄の海を見ている私がそこにあった。



