今日は、私の誕生日です。とうとう55歳になってしまいました。
昔の話で恐縮ですが、私の学生時代、すでに学生運動も熱が冷めつつありました。その中にあって、ノンセクトの私は学生運動にはあまり興味もなく過ごしていました。
しかし、あるきっかけで、反戦運動(当時はベトナム反戦)のデモに参加するようになり、ヘルメットをかぶり、代々木・渋谷界隈をジグザグデモ・シュプレヒコール等々に、一時明け暮れていた頃のことです。
デモ隊を取り囲むヘルメット姿に楯と警棒で機動隊は、デモの警備に止まらず、「足で蹴る」、「警棒で殴る」、「楯で押し付ける」等々、俗に言う「挑発」なるものが常識であったのです。
その夜、自宅に戻ってから見たテレビでは、「過激に暴走するデモ隊を制圧している機動隊」のニュース。これが度重なると、「ふーん、ニュース報道って、現実と随分違うものだな」と思っては嘆いてみたりしたものです。
これらのニュースを見る世論は、当然の事ながら「馬鹿共が、又暴れている!」と言ったところだったのかもしれません。
 最近で言うならば、「あるある大辞典」のデマ番組、裁判での冤罪事件(今になって真犯人登場!!)を始め、マスコミによる力は大きくもあり、怖いものでもあります。
 しかし、本質を見れる人、実態を把握できている人は、これらとは別にいるわけです。その違いは、精度の高い「インテリジェンス」を取得できるか否かにつきると思うのです。
 インテリジェンスの操作の仕方一つで戦争も始まれば、世の中は上から下へ転換もしてしまう、とも言える。その様な意味でも怖いものであると思うのです。
 話は大袈裟になってしまいましたが、企業活動のひとつであるプロモーションも情報提供(企業インテリジェンス)と考えるならば、その内容如何によっては、世論を惑わし、世論を動かすことも可能なもののように思えるのです。
インテリジェンス(Intelligence)とは、直訳しますと「知能、理解力、情報、通報、報道、情報(諜報)機関」となります。イギリスのMI5・MI6やアメリカのCIA、旧ソ連のKGB等々はトップレベルのそれに当たり、「インテリジェンスは、国家の命運を担う政治指導者が舵をを定めるための羅針盤である」とある人は言います。
ここに、コンプライアンスが登場するのではないでしょうか?企業のプロモーションとコンプライアンスは表裏一体のものであると考えます。